左:駅に迫る山の合間にポコポコ家が建つ/右:凸凹路地裏の魅力 (前回のコラムからつづく)
「甲陽園」に引っ越しました
結婚して、僕は西宮市の「甲陽園」と呼ばれる町に引っ越した。阪急電鉄・神戸線の夙川駅で単線に乗換をし、山の麓まで行った終点の甲陽園駅が最寄りだ。
出典:google map 丸みが愛らしい「甲山(かぶとやま)」がシンボルで、その麓には総面積5.5ヘクタールの「北山公園」や「甲山森林公園」が広がる。甲陽園駅には早朝からハイキングやボルダリングを目的とした人たちが集まり、住宅街とはいえ、リアルな山の顔も併せ持つ。
町並みにも特徴がある。山の傾斜なりに細く入り組んだ未舗装の路地が連なっている場所や、山の地形や景観をそのまま仕立てたような建築物も多く存在する。
左:僕んちの玄関/右上・右下:マンションの至る所にミドリがニョキニョキ。 新居は、僕ら夫婦と同い年のマンションだった。駅から徒歩4分だが、六甲山を背に田畑に囲まれ、蛙や虫の声が響くのんびりした雰囲気が魅力だった。
しかし、物件は思いの外とんがっていた。渡り廊下と吹抜けで大胆に区切られた住戸には自由に植物が置かれていて、住民が最後の仕上げをしているかのようだった。立地と建物の妙にも魅かれ、ほぼ即決で購入した。
駅前通り。数は少ないが和洋さまざまなこだわりのお店が並ぶ。 山の麓の小さな町だがお店は充実
その昔、甲陽園には動物園に歌舞伎場、映画撮影所まであったようで、甲陽線が開通してからは料理旅館も増え、行楽地として賑わったそうだ。
そんな名残からか、山の麓の小さな町にもかかわらず都会の飲食店と比べても遜色ないお店がズラリと並ぶ。
また、車で10分ほど山道を上って行くと、近年急激に貸農園が増え、野菜直売所もできた「鷲林寺」と呼ばれる町がある。
その隣には、一軒家で営業する店舗が集まる「湯元町」という町もある。ここには普通の住宅に交じり、絶景テラスのカフェ・レストランなどの飲食店や工房がある。
西宮から神戸にかけての街並みが一望できる「カフェ・ザ・テラス」。 特に、「カフェ・ザ・テラス」へは車でよく出かけた。僕が大学生だった頃は深夜過ぎまで営業していたので、デッキの敷かれたオープンテラスで友達とよく談笑したものだ。残念ながら、男同士ばかりだったのだが……。
さらに山手へ進み、「西宮北有料道路」のトンネルを抜けた先には、茅葺き古民家や棚田といった里山の風景が残る「山口町船坂」集落が存在する。この地を舞台に、2009年のプロローグを皮切りとして「西宮船坂ビエンナーレ」芸術祭が毎年開催されている。コンセプトや地域住民主導の運営方法はとても素朴でユニークだ。僕もちょくちょくお邪魔している。
船坂交差点脇の有馬街道沿いにある梅原さんの直売所は、もはや船坂の風物。裏の畑で採れた有機野菜と、畑に放し飼いで育った鶏の朝採たまごが売られている。 西宮市は地産地消が割と早くから推進されており、市内には生産者の直売所がいくつも点々としている。また、先ほどお話したように貸農園なども充実しているのだ。
西宮市は比較的大きな市でありながら、そんな環境が整っているところもまた魅力の一つである。
岩の脇が北山公園への入口。 都会暮らしをしてきた人がトライしやすい移住先
自宅から甲山を西廻りに10分ほど山手へ歩くと「北山公園」の入口があり、そこから30分ほど山道を行くと「北山緑化植物園」内に到達する。岩場のアップダウンもあるが、毎日のアクティビティーとして取り込むにはちょうどいいコースだ。斜面に芝生敷の植物園で休憩すると、ものすごく気持ちがいい。
甲山を東廻りに山手へ進むと「甲山森林公園」がある。その中を通り、キャンプ場や湿地帯を抜けて仁川上流から宝塚方面へと下っていくハイキングコース。午前中で回れるそんなルートも、個人的にはオススメしたい。
甲陽園は、「これまで都会暮らしをしてきたが、リアルな自然に囲まれた暮らしを始めてみたい」という方にとって、トライしやすい移住先かもしれない。
僕は家族で甲陽園に暮らして丸7年になるが、電車で大阪や神戸市内まで30分もあれば出かけられるこの場所で、相変わらず山暮らしを満喫している。
自然が子育てにもたらすもの
川の向こうにある保育園へと向かう息子。 少し話は飛ぶのだが、僕には現在4歳になる息子がいる。幼い頃から保育園に通っているのだが、その道中はもっぱら親子のコミュニケーションの場となっている。
広々とした河川敷と公園のある「夙川」沿いに保育園はあるが、その行き帰りを川で遊ぶことが多い。
ルールに縛られるゲームなどと違い、「触れられる」自然は予測不能なおもしろさがあるのか、飽きがこないようだ。川に石を投げ込むことだけでも、いろんな大きさのものを次から次へと拾ってきては、延々と繰り返す。同じ水の跳ね方は二度と起こらないからだろう。
左:保育園が終わればすぐさま目の前の川へ/右:僕を置き去りにして裸足で駆けて行く。 温かい時期は裸足で川の中を歩く。冷たくて気持ちがいいだけじゃなく、足の裏で直接捉える感覚がクセになり、水から上がった後もデコボコ石や砂地の上をそのまま歩くようになった。
正直、たまにケガもする。破片を踏んで出血したり川のヌメリで足を滑らせ頭をぶつけたり。ただ、そんな遊びの後はいつになく晴れやかな表情を見せるので、多少ケガをしても自由に遊ばせるようにしている。
そのうち陽が沈み、暗がりが広がってきたら空を見せ、「そろそろ帰ろうか」と話しかける。帰り際に家の前でイノシシ親子に遭遇することもしょっちゅうだが、いつのまにかおじけづくこともなくなった。先日は、旅先で山の頂上まで約45分のトレッキングをほぼ自力でやりきった。知らぬ間にタフになってきている気がする。
最近は、朝目が覚めると「窓(の方)に行きたい」と言う。海、六甲山、空をぼんやり眺め、天気の変化や景色の移り変わりを感じているようだ。
リアルな自然は子どもの五感を鍛え、まるで勝手に子育てをしてくれているようだ。
(第3回に続く)